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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)3161号 判決 1981年8月31日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 山田滋

右同 佐久間洋一

被告 都民信用組合

右代表者代表理事 治山孟

右訴訟代理人弁護士 本渡乾夫

右同 田口秀丸

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物につき、別紙登記目録記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)を所有している。

2  本件建物につき訴外丙川住宅株式会社を設定者、被告を権利者とする別紙登記目録記載の根抵当権設定登記手続(以下、本件根抵当権設定登記という。)がなされている。

3  よって、原告は被告に対し、所有権に基づき、本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、本件建物がもと原告の所有であったことは認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の主張は争う。

三  抗弁

1  (代物弁済)

原告は、長男甲野一郎(以下、一郎という。)を代理人として、昭和五〇年四月二八日、乙山商事株式会社(昭和五〇年七月三〇日商号を変更し、丙川住宅株式会社となった。よって、以下丙川住宅という。)の代表取締役丁原春夫との間に、原告の丙川住宅に対する債務金一〇〇〇万円の弁済にかえて、本件建物を譲渡する旨の代物弁済契約を締結し、同年五月一日、本件建物につき丙川住宅のために所有権移転登記をなした。

2  (担保提供の合意)

(一) 原告は、昭和五〇年三月五日、一郎を代理人として、丙川住宅の代表取締役丁原春夫との間に、一郎の丙川住宅に対する前記債務金の弁済のために、丙川住宅が本件建物を担保として金融機関より借入れること及び、右借入れの方法として、丙川住宅が、本件建物につき自己に所有権移転の登記をなしたうえで、金融機関に抵当権設定登記をする方法をとってもよい旨を合意した。

(二) 原告は右合意に基づいて、丙川住宅に対して本件建物の登記済権利証、原告の印鑑証明書、同じく委任状など、本件建物の所有権移転登記手続に必要な関係書類を交付した。

(三) 丙川住宅は、右関係書類を使用して、本件建物につき東京法務局調布出張所昭和五〇年五月一日受付第一三〇六〇号をもって、同年四月二八日の売買を原因とする、原告から丙川住宅への所有権移転登記手続をした。

(四) しかして、被告は、丙川住宅に対し、金銭を貸付け、その担保として本件建物につき、昭和五一年九月九日、本件根抵当権設定契約をなし、同月一〇日、その旨の登記をなした。

3  (虚偽表示による第三者保護)

仮に右抗弁が認められないとしても、前記のとおり、原告は、丙川住宅に対し本件建物の所有権移転登記に必要な関係書類を交付し、丙川住宅は右関係書類を使用して、本件建物の所有権移転登記を了し、他方、被告は、右登記の記載から、本件建物の所有者が丙川住宅と信じて丙川住宅との間に本件根抵当権設定契約をなし、その旨の登記をなしたものであるから、被告は民法九四条二項類推適用による善意の第三者にあたる。

よって、原告は被告に対し右根抵当権設定契約の無効を主張することはできない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2の(一)・(二)の事実は否認する。

同2の(三)の事実は認める。

同2の(四)の事実は知らない。

3  同3の事実のうち、原告が丙川住宅に対し本件建物の所有権移転に必要な関係書類を交付し、丙川住宅がこれを利用して、自己に所有権移転登記を了したことは認めるが、被告が右登記を信じたことを否認し、その余の事実は知らない。

五  再抗弁

1  (強迫による意思表示の取消)

仮に、原告と丙川住宅間に、抗弁1、2記載のような契約や合意があったとしても、これに対する原告の意思表示は、丙川住宅の代表取締役丁原春夫と乙山松夫が、これに応じなければ「息子を刑務所に入ってもらう。」とか「一郎一人ぐらい簡単に殺せる。」等と原告を強迫し、原告において右言動に畏怖した結果なしたものである。

しかして、原告は昭和五四年五月一五日の本件口頭弁論期日において、これを取り消す旨の意思表示をした。

2  (弁済)

仮に、原告と丙川住宅間に抗弁2のような合意があったとしても、一郎の丙川住宅に対する債務は、昭和五〇年六月二七日までに完済したので、右合意に基づく丙川住宅の本件建物に関しての担保権設定の権限は失われている。よって、丙川住宅と被告との本件建物についての根抵当権設定契約は無効である。

3  (過失)

仮に、被告の抗弁3の主張がなりたつとしても、被告は、丙川住宅との本件根抵当権設定契約に際し、本件建物の居住者である原告及び本件建物の敷地の所有者に会って、建物及び敷地の利用関係につき調査をすべき注意義務があるのに、これを怠った過失がある。よって、被告は民法九四条二項の保護は受けえないものである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は、すべて否認し、その主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  本件建物が、もと原告の所有であったこと及び請求原因2記載の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の抗弁につき検討する。

1  まず、被告の代物弁済の抗弁を考えるに、これを認めるに足りる証拠は存しない。

2  次に、被告のその余の抗弁につき考えるに、《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告の長男一郎は、不動産業を営業目的とする株式会社「戊田」の営業部長として勤務していたが、同人が「戊田」の顧客からローン手数料等として預っていた数百万円を横領し、「戊田」に損害を与えたとして、昭和五〇年初頃から、「戊田」の代表取締役甲原からその責任を追及されていたこと、右甲原は、一郎に対し、「戊田」が債務を負担している丙川住宅に、「戊田」にかわって右債務を支払うならば、「戊田」としては一郎を横領罪で刑事告訴しない旨告げていたこと、

(二)  一郎は、右甲原の要求に応ずることとしたが、その弁済資金の調達に困まり、母である原告に右事情を打ち明け、その窮地を免れるために、原告所有の本件建物を担保として金策するのでこれを承諾してくれと哀願し、昭和五〇年三月初旬に原告を連れて丙川住宅の事務所にその代表者丁原春夫を訪ねたこと、原告は、その際右丁原からも、一郎が「戊田」での横領金を丙川住宅に弁済しないこと、「戊田」の甲原社長が一郎を刑事告訴することになっている旨を直接告げられ、更に、右丁原から、本件建物を担保として、金融機関から右弁済資金の融資を受けるために必要であるから、本件建物の登記済権利証等の一件書類を持参するように強く要請されたこと、

(三)  そのため、原告は、一郎の窮地を救うことを決意し、同月五日、丁原の要求に応じて、丙川住宅が金融機関から本件建物を担保として金四五〇万円を借入れ、これを一郎の丙川住宅に対する弁済として充当することを了解すると共に、丙川住宅が本件建物を担保とする方法としては、原告から丙川住宅に本件建物の所有権移転登記をしたうえで、丙川住宅が担保提供者として金融機関より融資を受けることも丙川住宅に一任し、その手続に必要である原告所有の本件建物の登記済権利証、原告の白紙委任状、同印鑑証明書を持参し、右丁原に直接交付し、丁原からは甲第三号証の預り証の交付を受けたこと、

(四)  そこで、右丁原は、昭和五〇年五月一日付で右関係書類を使って、被告の抗弁2の(三)記載のとおり本件建物につき原告より丙川住宅への所有権移転登記手続を了し(この点当事者間に争いがない。)、同年六月二三日受付第一八七九六号をもって、昭和五〇年六月一三日設定、極度額一〇〇〇万円、根抵当権設定登記を東京都商工信用金庫のためになしたこと、

(五)  ところで、被告は、丙川住宅にかねて融資をし、昭和五一年八月頃にはその未払融資残額が金二〇〇〇万円に達し、担保不足の状態になっていたが、本件建物が登記簿上丙川住宅の所有名義となっていることを発見し、しかも、前記のとおり丙川住宅から金融機関に対する根抵当権の設定登記もなされているところから、本件建物は丙川住宅の所有であることを確信して、同年八月五日右債権保全のために東京地方裁判所八王子支部に仮差押命令の申請をし、その決定をえて、仮差押の登記がなされたこと、ところが、丙川住宅から被告に対し、右仮差押を受けていたのでは、本件建物を担保として他より新たな融資を受けることができないので、右仮差押えを取消して貰えないか、そのかわりに、前記東京都商工信用金庫の根抵当権の未払債権が二〇〇万から三〇〇万円残っているので、被告において支払ってくれるならば、右新たな債権を含めて極度額金一六〇〇万円の根抵当権の設定を本件建物になしてもよい旨の申込みがあったこと、そこで被告は右丙川住宅の要望に応じ東京都商工信用金庫に対する丙川住宅の残債務を支払い、その根抵当権設定登記を抹消したうえで本件建物につき本件根抵当権設定契約をなし、その旨の登記をなすに至ったこと

を各認めることができ(る。)《証拠判断省略》

3  右事実によると、原告と丙川住宅との間に被告主張のような担保提供の合意の存することは認めうるが、被告と丙川住宅との本件根抵当権設定契約およびそれに基づく本件登記が、右合意の範囲内のものとは到底解し難いので、被告の抗弁2の主張は採用し難い。

しかし、被告と丙川住宅との本件根抵当権設定契約がなされたのは、被告において右原告と、丙川住宅との合意に基づいてなされた原告から丙川住宅への所有権移転登記の存在を被告において、真実なものと信じたからであり、かかる場合においては、民法九四条二項が類推適用され、原告は被告に対し、右契約が、原告と丙川住宅間の合意を越える無効なものと主張することはできないと解すべきであるから被告の抗弁3は理由がある。

三  再抗弁につき考える。

1  原告主張の強迫による取消の再抗弁につき考えるに、まず、原告の再抗弁は、取消の相手方を間違った失当なものである。なぜなら、強迫による意思表示の取消は、取消す行為の相手方、すなわち、本件では丙川住宅に対してなすべきであると解すべきところ、原告は昭和五四年五月一五日の本件口頭弁論期日において取消の意思表示をなしたというが、一件記録上、右期日以前において、既に、丙川住宅に対する請求は分離判決されており、原告の同期日における取消の意思表示は、被告に対するものと解する外はなく、その効力は生じない。なお、仮に、原告の取消の意思表示が適法になされたとしても、原告主張の丁原等の脅迫の言辞について、それに副う《証拠省略》があり、証人丁原春夫の供述ではこれを否定しているが、諸般の事情からみて、丁原等が原告に対し、一郎の犯罪行為にからんでの強迫的言辞を弄したことは推測できる。しかしこれにより丁原が原告に対して求めた行為は、前記二、2で認定のとおり原告の長男一郎の犯罪行為に基因し、原告が一郎を救済するため負担しようとした義務であり、その目的において、本来違法性のある性質のものではない。また、「一郎を刑務所へ入れる。」などの強迫的な言辞は本件事柄の性質上許容される範囲のものであるから違法性がなく、本件では、この限度を超えた過度な強迫行為と認められる、いわゆる「一郎一人ぐらい殺せる。」などの強迫行為が丁原等からなされたと認めるに足りる証拠は存しない。したがって、丁原等の右言辞を理由として、原告と丙川住宅間の前記合意を取消すことはできない。

いずれの点からみても、原告の本再抗弁は採用し難い。

2  次に、原告の弁済の再抗弁につき考えるに、確かに、《証拠省略》によると、一郎が丙川住宅に対して多額の弁済をなしていることを認めうるが、《証拠省略》によると、一郎が丙川住宅に負担するに至った債務は、甲第三号証に記載された金四五〇万円を超えるものであり、しかもその後、丙川住宅は一郎に新たな融資をしていることも認められるので、証人甲野一郎の供述のように、昭和五〇年六月二七日一郎の丙川住宅に対する債務が完済されたと認めることはできず、他に、右事実を認めるに足りる確たる証拠はない。

なお、附言するに、仮に、原告主張のような弁済が完了し、丙川住宅の本件建物に関しての担保権設定の権限が失われていたとしても、原告は丙川住宅に対する本件建物の所有権移転登記の抹消登記手続をせず、放置している間に、前記2の(五)で認定したとおり、被告は丙川住宅に対する所有権移転登記を信じて本件根抵当権設定契約をし、その旨登記を了したものであるから、かかる場合には、原告は被告に対し民法九四条二項に照らして、右根抵当権設定契約の無効を主張することはできないものと解するのが相当である。

よって、原告の本再抗弁も採用できない。

3  原告の過失の再抗弁につき考えるに、被告が本件建物について、丙川住宅の申入れにしたがって、丙川住宅との間に本件根抵当権設定契約を締結し、その旨の登記を了したいきさつは、前記2の(五)で認定したとおり丙川住宅への所有権移転登記がなされ更に、丙川住宅から他の金融機関のために根抵当権設定登記がなされていたからであって、被告が本件根抵当権設定契約当時本件建物が丙川住宅の所有であると信じたことに過失はなく、原告主張のように、かかる場合においても、被告としては本件建物の居住者や本件建物の敷地の所有者に会って、本件建物の所有関係を確認する注意義務があるとは解し難い。

よって、原告の本件再抗弁は採用し難い。

四  叙上の事実によると、被告の抗弁に理由があり、原告の本訴請求は相当でないに帰する。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口和男 裁判官 笠原嘉人 丸地明子)

<以下省略>

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